それはまるでどこまでも澄んだ藍
細やかな失敗など顧みず、自分の感情の赴くままに曝け出している瞬間が人間は1番惹きつけられ、そして1番カッコよく見えるとずっと昔から思っている。
それが喜びでも哀しみでも、舞台の上に上がり溢れた感情に飲み込まれ感情のまま放つ言葉は、普段と同じ言葉でも鋭く尊い。
それが全体の崩壊を招くならいけないのかも知れないが、冷静な自分を手放した瞬間、人は1番強いように思う。
たまにそういう景色を目撃できる時がある。
その瞬間の空気はもはや鳥肌さえも立たせず、瞬きの猶予も与えない。
まるでこちらが一瞬でも気を抜けばその場は崩れ落ちるぞと言わんばかりのあの空気は、静音の中心から無音を生み出しそうなほどの静けさをもち、次の瞬間に放たれる音圧は、伸びゆく流星のように一瞬で空間を埋め尽くす。照らす光はまるで別の世界を投影しているかの如く眩い。
世が鬱屈とした空気に包まれて約600日程、
いろんな制約が増えそれが当たり前となりつつある中で、ストレスに飲まれそれすら今にも慣れてしまいそうなこの日々でも、こういう切り裂くような感情が発露し昇華される瞬間は、やっぱりこういう場所にしかないんだなと忘れかける頃にいつも思わされる。
厚かましいけど、自分の時を思い出していた。投げかけてくれてた愛を全部見つけ切ることができなくて、結局壊してからやっと見つけ出してしまったこの後悔だけは、どうしても100%消え切らないからこそ、次はちゃんとどんな形になってでも見つけ出していきたいし、愛はちゃんと壊れる前に伝えれた方がいいと思えるようになった。
人は自分にとっての何か大きなものが生まれるようになっているし、何か大きなものを失うようにもなっている。
そして、それがいつか消えることを知らなければその大切さを忘れるし、当たり前ですら本当は当たり前ではないことすらも忘れてしまう。
素晴らしくそして残酷なこの回路の終着点は感謝と後悔だ。
バンドは人一倍その事実を突きつける力がある。ありすぎる。
『バンドはナマモノである。』というけど
"バンド"として生み出す自身たちが1番ナマモノでなければ、バンドはどこまでも無機物に向かっていってしまう。尊いものだからこそナマモノである時人の心を動かせるし空気すら支配できてしまう、し、壊れてしまう。そしてそんな大切なことを時折忘れてしまう。
なんて最近よく考えてる。
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