長い道のりを得続けて。

長崎の原爆投下のあった日
人々が黙祷を捧げる中私は毎年
別の人にも手を合わせている。

おじいちゃんの命日。

思う事が尽きなくて毎年
何かに書き記してる気がする。

たった4年しか一緒に居れなかったけど
それでもたくさんの思い出があって
たくさん思うことがある。


膵臓癌。現在でも5年生存率8%ほど。
あれから22年。今年で生きていれば79歳くらいかな。

家でおじいちゃんの話になった時
今年でお父さんの年齢が、おじいちゃんが亡くなった歳に並んだ話になった。
あの時のおじいちゃんは今とお父さんと同じ歳かと思いながら片隅で覚えている当時の姿を思い出す。
定年前。自分の記憶の中には毎日牛乳で働いてた記憶があるしおそらく病気になるまでは働いてたんだと思う。

当時の社用車でよくあった、今のハイエースのシートみたいな内装のセダンに
喫煙者独特のシートと車の匂い
いつも助手席にのってオハヨーの牛乳プリンと牛乳をくれた記憶がものすごいあって

全ての感覚が覚えてる記憶はラッキーストライクのソフトのタバコと黒ラベル
仕事で飲むDyDoの麻柄のダイドーブレンドコーヒーと自分用にくれる甘いUCCの缶コーヒー。タバコの匂いがうっすらする車内と黄ばんだグレーのシートに吸い殻の少し溜まった車の灰皿。

誕生日に買ってもらった
ポポちゃん(人形)とキティちゃんの自転車

遊びに連れて行ってもらったあの公園。
今はもうない商業施設。




22年経ったから忘れたんじゃなくて
4年しかなかったから覚えてる。






帰って真っ先に線香を立てて手を合わせる
遺影自体は母の弟の家にあるから
家にあるのは病室で撮った最後の写真。
なんで撮ったんだろうとふと思う事がある。
小さくて知らなかっただけで、
最後の時はわかっていたのだろうか。

忘れられない、この世界に
いなくなる前のあの瞬間。



ずっと大好きなんだよな、そこで泊まってる
たった4年を抱きしめて私は毎年
一つずつ歳を重ねてる。




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